「アイコンってなに?」洞窟壁画から東京五輪、そしてスマホへ。2万年続く伝える技術
【はじめに】私たちは毎日、無意識に「絵」を読んでいる
Webデザイナーとして働いていると、アイコンを使わない日はありません。「スマホのアプリアイコン」「検索ボックスには虫眼鏡」「設定画面には歯車」…。デザイナーに限らず、誰もがスマホを使っている現代では、毎日無意識にアイコンをタップしています。
正直なところ、駆け出しデザイナーの頃の私は、アイコンを「文字を入れるスペースがない時の便利な代用品」くらいに思っていました。あるいは、サイトを少し賑やかにするための「飾り」だと。
でも、ふと疑問に思ったんです。「なんで『保存』はいまだにフロッピーディスクなのか?」「『電話』はなぜ受話器の形なのか?」。今の若い人たちは、本物のフロッピーディスクなんて見たこともないはずです。それなのに、なぜあの形を見ると「保存」だと理解できるのか?また、受話器の電話なんてもはや無いのに、なぜ「電話」だと分かるのか?
気になって調べてみると、そこには人類が2万年前から積み重ねてきた、「言葉を使わずに情報を伝える」ための長い歴史があることに気づきました。
今回は、洞窟壁画から中世の紋章、そして現代のスマホの画面まで繋がる「アイコンの正体」について、デザイナーとして感じたことを深掘りしてみたいと思います。
【第1章】古代〜中世:人類はずっと「共通のルール」を探していた
2万年前のインフォグラフィック
話は一気にさかのぼります。約2万年前のラスコーの洞窟壁画。あそこに描かれている牛や馬は、ただのアートではなく「ここに獲物がいるぞ」という記録、つまり現代でいうGoogleマップのピンのような役割だったという説があるそうです。言葉が通じない相手にも、絵なら伝わる。これがすべての始まりです。
また、古代エジプトの「ヒエログリフ」やメソポタミアの「くさび形文字」も、この「絵による伝達」の歴史の重要な一部です。これは単なる文字というだけでなく、動物や生活用品といった具体的なイメージを象徴として用いることで、複雑な情報や思想を視覚的に伝える手法でした。読み書きができない人々や、異なる言語を話す人々に対しても、絵が持つ直感的な力で意味を伝える役割を担っていたのです。


「家紋」と「紋章」に見るIDシステム
時代が進むと、今度は「自分は何者か」を示すためのアイコンが登場します。 西洋の騎士たちは、全身鎧で顔が見えないため、盾に独自のマーク(紋章)を描いて敵味方を識別しました。これはまさに現代の「ロゴマーク」の元祖です。
日本でも同じです。「家紋」という非常にシンプルで美しい幾何学模様だけで、「あ、徳川家だ」「あれは真田家だ」と一発でわかりますよね。文字が読めない人も多かった時代、これらは現代のアプリアイコンのように機能的な「視覚ID」だったのでしょう。


「アトリビュート」は中世のアイコンセット
さらに私が影響を受けたのが、宗教美術における「アトリビュート(持物)」という考え方です。 中世の教会では聖人の絵を見分けるために、画家たちは習慣の中からこんな決まりを作りました。
- 鍵を持っていれば……聖ペテロ(天国の鍵)
- 香油壺を持っていれば……マグダラのマリア(イエスの足に塗った香油)
- 車輪があれば……聖カタリナ(拷問に使われた道具、殉教の象徴)
- ロープが描かれていれば……イスカリオテのユダ(首吊り)
なぜこれが必要だったのか? そこには切実な理由がありました。 当時、多くの民衆は文字を読むことができず、ラテン語で書かれた聖書を理解するのは困難でした。そこで教会は、絵画やステンドグラスを「目で見る聖書(貧者の聖書)」として活用することにしたのです。
言葉がわからなくても、アトリビュートを見れば「あ、鍵を持っているからペテロだ。天国の門の話だな」と物語が伝わる。 つまり、アトリビュートは単なる目印ではなく、「文字の壁を超えて情報を伝えるための機能」だったわけです。
これって、今のWebサイトと全く同じだと思いませんか? 「カゴの絵があればショッピングカート」「封筒の絵があれば問い合わせ」。 中世の画家も現代のWebデザイナーも、やっていることは「特定のアイテムを記号化して、誰にでも機能を連想させる」というユーザーへの誘導(ナビゲーション)だったのでしょう。




ところで、「アイコン」の語源はこの宗教画に由来していることをご存知でしょうか。ギリシャ語で「肖像」を意味する「eikón(エイコーン)」がラテン語を経由し、英語の「icon(アイコン)」となって「偶像」「聖像」といった意味になりました。その後、聖人の肖像画を表す「イコン画」として使われ、現代ではコンピューターで使われる「小さな絵記号」という意味になったという経緯があります。さらに、アイコンという単語は他にも「彼女は現代のファッションアイコンだよね」「スカイツリーは東京のアイコニックなランドマークだね」といったように、人物や事物の象徴(シンボル)としても使われています。
【コラム】19世紀の”アナログ口コミ”?「ホーボー・サイン」
ここで少し寄り道を。 歴史の中で「権力者(教会や騎士)」ではない、一般の人々が作った面白いアイコン文化もあります。
19世紀末のアメリカ、不況下で仕事を求めて移動生活をしていた労働者(ホーボー)たちは、仲間のために「秘密のマーク」を民家の塀や道路に残していました。 猫のマークなら「親切な女性がいる」、三角なら「危険」、ギザギザなら「犬に注意」。
これ、現代で言う「SNSの口コミ」そのものですよね。 「ここに情報があるぞ」というだけでなく、ユーザーがユーザーのために残したソーシャルなアイコン。これもまた、現代につながる「伝える技術」のルーツと言えるかもしれません。

【第2章】現代の紋章学:企業ロゴという「新しいアトリビュート」
この「アイテムや絵で意味や思想を伝える」という考え方は、現代の企業のロゴマークに色濃く受け継がれています。
Appleの「欠けたリンゴ」は何を語る?
例えば、世界で一番有名なアイコンの一つ、Appleのロゴ。なぜリンゴなのか? なぜ欠けているのか? 諸説ありますが、「アダムとイブの知恵の実」や、英語の「bite(噛む)」とコンピューターの「byte(情報の単位)」をかけた言葉遊び(あるいは洒落)だという説が有名です。もしこれがただの「パソコンの絵」だったら、ここまで世界的なブランドにはならなかったでしょう。中世の聖人が「伝説」をアイテムに込めたように、現代の企業は「ブランドのストーリー」をロゴという小さな図形に凝縮しているんです。
スターバックスの「セイレーン」
スタバのロゴに描かれている女性、あれがギリシャ神話の「セイレーン(人魚)」だとご存じでしたか?「船乗りを歌声で誘惑する人魚のように、通りがかる人々をコーヒーの香りで魅了したい」そんな意味が込められているそうです。 コーヒーの店なのにコーヒーカップを描かずに、あえて「神話の怪物」を描く。そうすることで、単なる「コーヒー屋」ではなく、「スタバ」という固有の存在を確立しているんです。


【第3章】1964年の革命:世界を変えた「ピクトグラム」
歴史を現代に近づける前に、どうしても外せない大きな転換点があります。 それが、 1964年の東京オリンピック です。
お手本はウィーンにあり?「アイソタイプ」の功績
実は、東京五輪より少し前、1920年代のウィーンで画期的な試みが行われていました。 哲学者のオットー・ノイラートらが開発した「アイソタイプ」です。統計データなどを「言葉を使わずに、誰にでもわかるシルエット」で表現しようとしたこの手法。これが現代のピクトグラムの”祖父”にあたります。
「おもてなし」から生まれた世界標準
そして1964年。東京オリンピックには世界中から人が集まりましたが、当時の日本には英語の案内板がほとんどありませんでした。 「言葉が通じなくても、競技場所やトイレや食堂の場所を伝えたい」 そこで日本のデザイナーたちが考えたのが、アイソタイプの考え方を発展させ、より直感的な「ピクトグラム」を施設中に配置しました。
それ以前のオリンピックで用いられていたのは、より具体的な「絵」や「イラスト」でした。
つまりピクトグラムのように、正確な情報伝達を目的として体系的にデザインされたものではなく、アートワークに近かったのです。
街中にあふれる「言葉のないガイド」
この使い方は画期的でした。 シンプルな男女のシルエットだけで表現されたトイレマーク、スプーンとフォークの食堂マーク、非常口のランナーのマーク。 ピクトグラム自体は以前からありましたが、東京五輪をきっかけに世界中へ広まり、今や世界中の空港や駅で使われる「国際標準」となりました。 私たちが海外旅行に行っても、言葉のわからない駅で迷わずに電車に乗れるのは、この時の「誰にでも伝わるように」というデザインの工夫のおかげというわけです。


【第4章】スマホの中の記号論:なぜ私たちは「過去の遺物」をタップするのか
さて、ここからは現代のデジタルデバイス(UI/UX)の話です。 ピクトグラムの精神は、そのままパソコンやスマホの中へと移植されていきます。
初期のパソコンは黒い画面に文字が並ぶだけでしたが、ゼロックスの研究所で作られた試作機に初めてアイコンの概念が導入され、それを見て衝撃を受けたスティーブ・ジョブズによって市販のパソコンに搭載されたのが現代のアイコンの始まりになります。
デジタルに「笑顔」を与えたスーザン・ケア
1984年、初代Macintoshの登場はアイコンの歴史における革命でした。 デザイナーのスーザン・ケアは、粗いドット絵の中に「温かみ」を吹き込みました。起動時の「ハッピーマック(笑顔のパソコン)」や、エラー時の「爆弾」。 冷たい計算機だったコンピューターに「人間味」や「ユーモア」というUIを与えた彼女の仕事は、今の私たちがアプリに親しみやすさを感じる原点になっています。
古くからMacを使っているデザイナーは、処理中を表す「時計アイコン」やシステムエラーの「爆弾アイコン」にはさんざん泣かされたことでしょう(笑)。

https://kare.com/apple-icons/
「スキューモーフィズム」からの脱却
iPhoneが登場した当初、アプリアイコンは今のようにつるっとしたデザインではなかったと記憶しています。メモ帳は「革の質感」、本棚は「木の木目」、YouTubeは「ブラウン管テレビ」がリアルに描かれていました。あれは、タッチパネルに慣れていない人間のために、あえて現実の質感を再現して「使い方のヒント」を与えていたんです。 人類がスマホに慣れた今、アイコンはよりシンプルな「記号(フラットデザイン)」へと進化しました。


生き残る「幽霊」たち(フロッピー、受話器)
ここで冒頭の疑問に戻ります。なぜ、現実にはもう存在しない「フロッピー」が保存ボタンとして生き残っているのか。 これは「学習コスト」の問題です。もし明日から保存ボタンが「SSDの箱の絵」に変わったら、「え、保存どこ?」とみんな大混乱します。
アトリビュート(持物)の役割は「正確な描写」ではなく「共通認識の呼び出し」です。聖ペテロが実際に毎日鍵を持ち歩いていたわけではないのと同じように、フロッピーディスクも、もはや記録媒体ではなく「保存する」という概念のシンボルになったのです。事実よりも「伝わりやすさ」が優先される。デザインの面白いところです。
日本発の革命児「EMOJI」
もう一つ、デジタル時代のアイコンを語る上で忘れてはならないのが「絵文字(EMOJI)」です。 それまでのアイコンは「保存」「トイレ」など「機能や場所」を示すものでした。しかし、日本で生まれた絵文字は、12×12ドットの中に「感情」を込めました。 今や「EMOJI」は世界共通語。機能だけでなく「気持ち」までアイコンで伝えるようになったのは、コミュニケーションの歴史における大きな進化と言えるでしょう。


【第5章】究極の抽象化:「ハンバーガーメニュー」の功罪
最後に、Webデザイナーとして避けて通れないのが「ハンバーガーメニュー(三本線)」に象徴される「暗黙知」について考えてみたいと思います。
究極の「お約束」
三本の線が重なっているだけで、なぜ私たちは「ここを押すとメニューが出る」と分かるのでしょうか?そこにはもはや、具体的な絵すらありません。あるのは「抽象的な線」だけ。
それでも私たちがこのアイコンを使えるのは、「これはメニューである」という学習(暗黙知)が、世界規模で浸透したからです。逆に言えば、安易に「新しいアイコン」を使うのは危険だということでもあります。「カッコいいから」といってメニューを「星型」にしたら、誰も押してくれないかもしれません。 しかし、いつまでも三本線ばかりでは新しいデザインや共通認識が生まれません。「既存のルールに乗っかる」ことと、「新しくデザインする」ことのバランス。これが現代のデザインに求められているスキルなのだと痛感します。共通認識は時代によって変化していくもので、保存アイコンや電話アイコンもいずれは別の絵柄にとって変わる日が来るのではないでしょうか。


【まとめ】私たちは毎日、2万年の歴史を「クリック」している
こうしてアイコンに関する歴史を紐解いていくと、普段なにげなく見ているパソコンのモニターや、スマホの画面が、少し違って見えてきませんか?
私たちは、ただ電子機器を操作しているわけではありません。クリックやタップをするたびに、たった数センチの小さなアイコンを通して、2万年にわたる人類の「伝えようとする工夫」を受け取っているわけです。
- 洞窟壁画の時代から、 人類は言葉にならない思いを「形」に託してきました。
- 中世の時代には、 一目で身分や人物がわかるよう「紋章」や「アイテム」を使いました。
- 東京五輪では、 言葉の壁を超えるために「ピクトグラム」が街にあふれました。
- そして現代、 私たちはその知恵を受け継いだ「アイコン」を使って、デジタルの世界を生きています。
もしアイコンがなければ、私たちのスマホやPCのデスクトップ画面は、無機質な「文字だけの説明書き」で埋め尽くされていたかもしれません。しかし、先人たちが「どうすれば一瞬で伝わるか?」と知恵を絞り続けてくれたおかげで、私たちはデバイスや言語の壁を超えて、直感的に世界とつながることができます。
パソコンやスマホで「保存(フロッピー)」をクリックするとき、あるいは画面の隅にある「メニュー(三本線)」を開くとき、ちょっとだけその歴史に思いを馳せてみてください。
ディスプレイの中にある小さなアイコンが、実は洞窟の壁画や、美術館の絵画と地続きにつながっている。そう思うだけで、当たり前のように使っていたデジタル機器の操作が、ほんの少しだけ奥深く、知的な体験に感じられるのではないでしょうか。




スタイルメントでは、ともに働くスタッフを募集しています。
現在、アートディレクター・Webディレクターを積極募集中です。
デザイン業界での実務経験や、他業種での進行・ディレクション経験をお持ちの方、ぜひお声掛けください。