このブログの右の方にある「メンバー」のところを見てもらえればわかるが、
自分が担当している月曜日だけ投稿数がわりと少ない。
どうやら月曜日は祝日になることが多いようです。
実はさ来週も月曜日お休みです。ぷくく。
スタイルメントは主にweb / 紙のデザインをする会社です。
広告業界ということになります。たぶん。
人生にもしもはありませんが、「もしこの世にそんな職業が無かったら、自分はハテ何をやっていたのか」などと空想するのは、案外楽しいことです。
ということで今週のテーマは「この業界じゃなかったら?」です。
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小学校のころの夢は漫画家でした。
もう物心ついたころから寝ても覚めても漫画をかじりつくように読み漁っている非凡な少年だったかと言えば全くそうでもなく、むしろほとんど漫画は読んでいません。
しかしどういう経緯かは全くわかりませんが、物心ついたときには何故か漫画を描くことが趣味になっていました。
で、同じく漫画を描くのが好きだった、25になっても冬はサンダルで外をうろつくような弟(いちおう社会人)と、机並べて漫画を描いては見せ合う...みたいなことをひたすら毎日行っていました。
そしてよく「そのネタ、俺のパクんなや!」「俺が最初じゃ」みたいな喧嘩をしておりました。
今の落書き好きの原点です。
出来上がったものはクラスの子に配ったくらいで、特に社会的なムーブメントへは発展しませんでした。
中学校~高校の頃は、寝ても覚めてもゲームばっかりしておりまして、その影響で打ち込みによる作曲に開眼しました。いわゆるDTMというやつです。
幼い頃からピアノの英才教育を受けて、10個音を鳴らせば上から下まで全部言いあてられる非凡な少年だったかといえば全くそうでもなく、まぁ素人ながらに楽しみながらやっていました。
で、その頃はゲームを作ることに興味を持っていた、西洋の武器マニアである弟の作品に楽曲提供をしたりして、コラボレーション気分を味わっていました。
ただ全く金もないので、オンボードのシンセでピコピコなるようなシロモノです。
玉石混合、3年くらいで200曲以上をこの世に生み落しました。
出来上がったものはバンド仲間に聞かせたくらいで、特に社会的なムーブメントへは発展しませんでした。
大学に入ってからは、寝ても覚めてもバンド生活でしたので、「いっちょジャズベーシストとして身を立ててみるか」なんて淡い想いを抱いたことがありました。
立身出世のため学生ながらに100万するウッドベースを購入し、夜な夜なスタジオにこもっては先人たちの演奏研究に余念のない非凡な青年だったかと言えば全くそうでもなく、自分がうまくなればなるほど、ますますプロとの差がはっきりと認識できてしまうため早々に諦めました。
今から考えるとジャズのjのことも全く分かっていないドアホだったので、よかったと思います。
※ちなみに全く歯を磨かない弟とはこの頃生活を異にしていた。
京都やら東京やらをライブで回ったり、CD出したりしたので、かなりミクロな社会的ムーブメントは起こったかもしれません。
で、その後webのデザイン(というかFlashとコーディング)に興味を持ってしまったがためにこの会社にいるのだが、今週のテーマ上、この業界がありませんということになっている。
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じゃあ俺が何をしているかというと、まぁほぼ間違いなくゲーム業界だと思います。
職種はディレクターかコンポーザー。
社会人になってふと「自分が何に一番感動するか」と考えることがあって、
今の答えは(ちょっとオタクっぽいけど)ゲーム音楽です。
ゲーム音楽を作曲するということは、実はデザインと一緒だと思っている。
「この場面でこういう曲を流したい」というゲームデザイナーの希望があって、
それに合うと思う曲を出してはボツられ、修正して出してはまたボツられ..
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ほら、デザイナーがやってることと全く一緒です。
素材が音か絵か、という違いだけです。
そういう「デザイン性」がかっこいいなぁと思います。
容量制限やソフトの音色の限定性、場面に合うかどうかというオーダー...などなど、様々な制限を乗り越えて生き残った楽曲を聞いてたら、作曲者が何を考えてこの曲を作ったのかが若干分かりかけてきたりして、感動する。
ちょっとキモくなってきたのでこのへんで。
まぁ、いずれにせよ何かものを作る業界にいたい、ということです。
これは建築家の親父の血を引いているからでしょうな。
これ持ってます。
一番好きなサントラ。もちろん発売日に買いました。
今週も長くなった。