この業界じゃなかったら?”の記事


何でもよし

この業界では無かったら


小さい頃の夢はサッカー選手。月並み。
高校時代の夢は教師。人にものを教えるのが好きだった。まあ結構真面目だ。
大学時代は旅人になりたかった。そう、就職したくなかった。
そして現職は、Web会社のディレクター駆け出し。
この業界じゃなかったらどこ行っていたか?

そもそも自分は、たぶん他の同期のメンバーよりも
兼ねてからデザインやWebということに興味があった訳ではなく
(まあ世間一般の人よりはあったかもしれないが)、もしこの会社に来ていなかったら、
どこかで銀行員でもやっていたかもしれないし、駅でうどんでもつくっていたかもしれない。
まあ色々な縁があってこの会社に入れて頂いたわけで、
その中で働いているといろんなことが知れて、少しずつできるようになって、
自分の場合は興味云々というより、そういうのが楽しく、行き当たりばったりというか結果オーライというか、つまり深く考えて業界を選んだわけじゃないんです。
就職活動をしているときはそれっぽい理由をつけてはいたが・・。
自分は何かのスペシャリストになりたい、みたいなのが特になく、どっちかというと、どこでどんなことをやらされても結構やれんじゃんお前みたいなキャラクターになりたいというのもあるのかも。

今、ここじゃなかったら行きたい業界はときかれたら、以前話したサッカー業界を除くとすると、
「大きいもの」で且つインフラチックなものを扱うところ(対象物は何でもよし)。
ジェットエンジンとか石油掘削とか原子力なんたらとか、何でもいいのだが、
大きくて、しかも無くてはならないものを扱う仕事って、
ダイナミックの中に硬派な男を感じるし、スケールが国家レベルだったりして、
ロマンを感じるというかかっこいいなと思わなくもないのである。うむ、軽い。

もちろん、岡田監督から声がかかれば南アフリカに向かう準備は日々整えている。
行きたいなあ南ア。


なりたかったもの

美大を決める前、
なりたいと思っていたのは

美容師。

理由は
髪とか服とか
自由だから。

中学、高校の時の
厳しい規則に
縛られる中、

大人になったら自由になりたい。
と切願してました。

あと、
そのころ
カリスマ美容師がはやっていて・・・

完全にミーハーですね。

結局、
他人をキレイにしてあげたいという
心が欠けてるため、
断念しました。


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pig.jpg

▲でっかいブタ。新宿【pink big pig】にて。

夢を語る

業界ですかー。

そうきましたかー。


そうですね、

高校生のころ、「将来の夢は?」と聞かれた時には

「わかんない」というのが、"今を生きてる"感じがして

かっこいいとかわけのわからない人間でした。




でもたぶん、

デザイナーになれなかったら、

フォトグラファーになっていたかったですね。


写真を撮るというのは、

不可思議なもので

50枚、100枚、と、

1つのシーンを撮るうちに

だんだんと

その世界の空気にとけていくような心地になるのです。


実際、息してませんからね、ワタシ。


そうやって完全にとけ切ったとき、

今度は、

被写体の内側をレンズの中へと引き込むんです。


魂吸い取りたいです。




・・・あ、またテーマからずれましたね。



+ + +


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▲職人 (宮城・塩竈の桶屋)


田舎暮らし

こんにちわ。
水曜ビンボです。
今週のテーマは「この業界じゃなかったら?」

何でしょうね。
農家に行きたいですね。

今の仕事柄、時間も季節も関係なくPCの前でひたすら仕事をしていることも
関係あるかもしれません。

前にも紹介しましたが、ビンボは出身の関係から、
農業にはけっこう馴染みがあるんです。
小学校では授業で田植え
中学校時代じはパイナップル畑でお手伝いしてました。


昼間外で仕事頑張った後に、
夏は縁側でビール
冬は囲炉裏で鍋

いいじゃないですか。
そんな生活。


▼昨日久々に食べた元祖ビンボ丼 うまし
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当然のように

この業界に一目散に飛び込んだ

わけではなく、
大学では確率論と情報科学を専攻して、
研究がおもしろくて大学院まで進んだはしたものの、
やはり目に見える表現というものへの憧れを抱きつつ、
ゲーム業界に就職活動しつつ任天堂の壁はぶ熱いなあと実感し、
昔からやってたFlashを生業にできるんじゃね?と思って
全く縁もゆかりもなかったデザイン業界に足を踏み入れたら
なんかコレって天職だー!

というわけで、
この業界にいなかったら
ゲーム業界、エンジニア、研究者
のどれかになっていたはずです。

でも多分、どんな世界に行ったとしても同じようなことをやってると思います。
今だって、Flash作りながら、ゲームを作って、プログラミングをして、論文を読んでいるのだし。

27人切り

このブログの右の方にある「メンバー」のところを見てもらえればわかるが、
自分が担当している月曜日だけ投稿数がわりと少ない。
どうやら月曜日は祝日になることが多いようです。
実はさ来週も月曜日お休みです。ぷくく。

スタイルメントは主にweb / 紙のデザインをする会社です。
広告業界ということになります。たぶん。
人生にもしもはありませんが、「もしこの世にそんな職業が無かったら、自分はハテ何をやっていたのか」などと空想するのは、案外楽しいことです。

ということで今週のテーマは「この業界じゃなかったら?」です。

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小学校のころの夢は漫画家でした。

もう物心ついたころから寝ても覚めても漫画をかじりつくように読み漁っている非凡な少年だったかと言えば全くそうでもなく、むしろほとんど漫画は読んでいません。
しかしどういう経緯かは全くわかりませんが、物心ついたときには何故か漫画を描くことが趣味になっていました。
で、同じく漫画を描くのが好きだった、25になっても冬はサンダルで外をうろつくような弟(いちおう社会人)と、机並べて漫画を描いては見せ合う...みたいなことをひたすら毎日行っていました。
そしてよく「そのネタ、俺のパクんなや!」「俺が最初じゃ」みたいな喧嘩をしておりました。

今の落書き好きの原点です。
出来上がったものはクラスの子に配ったくらいで、特に社会的なムーブメントへは発展しませんでした。


中学校~高校の頃は、寝ても覚めてもゲームばっかりしておりまして、その影響で打ち込みによる作曲に開眼しました。いわゆるDTMというやつです。
幼い頃からピアノの英才教育を受けて、10個音を鳴らせば上から下まで全部言いあてられる非凡な少年だったかといえば全くそうでもなく、まぁ素人ながらに楽しみながらやっていました。
で、その頃はゲームを作ることに興味を持っていた、西洋の武器マニアである弟の作品に楽曲提供をしたりして、コラボレーション気分を味わっていました。
ただ全く金もないので、オンボードのシンセでピコピコなるようなシロモノです。
玉石混合、3年くらいで200曲以上をこの世に生み落しました。

出来上がったものはバンド仲間に聞かせたくらいで、特に社会的なムーブメントへは発展しませんでした。


大学に入ってからは、寝ても覚めてもバンド生活でしたので、「いっちょジャズベーシストとして身を立ててみるか」なんて淡い想いを抱いたことがありました。
立身出世のため学生ながらに100万するウッドベースを購入し、夜な夜なスタジオにこもっては先人たちの演奏研究に余念のない非凡な青年だったかと言えば全くそうでもなく、自分がうまくなればなるほど、ますますプロとの差がはっきりと認識できてしまうため早々に諦めました。
今から考えるとジャズのjのことも全く分かっていないドアホだったので、よかったと思います。
※ちなみに全く歯を磨かない弟とはこの頃生活を異にしていた。


京都やら東京やらをライブで回ったり、CD出したりしたので、かなりミクロな社会的ムーブメントは起こったかもしれません。


で、その後webのデザイン(というかFlashとコーディング)に興味を持ってしまったがためにこの会社にいるのだが、今週のテーマ上、この業界がありませんということになっている。

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じゃあ俺が何をしているかというと、まぁほぼ間違いなくゲーム業界だと思います。
職種はディレクターかコンポーザー。

社会人になってふと「自分が何に一番感動するか」と考えることがあって、
今の答えは(ちょっとオタクっぽいけど)ゲーム音楽です。

ゲーム音楽を作曲するということは、実はデザインと一緒だと思っている。
「この場面でこういう曲を流したい」というゲームデザイナーの希望があって、
それに合うと思う曲を出してはボツられ、修正して出してはまたボツられ..
.
ほら、デザイナーがやってることと全く一緒です。
素材が音か絵か、という違いだけです。

そういう「デザイン性」がかっこいいなぁと思います。
容量制限やソフトの音色の限定性、場面に合うかどうかというオーダー...などなど、様々な制限を乗り越えて生き残った楽曲を聞いてたら、作曲者が何を考えてこの曲を作ったのかが若干分かりかけてきたりして、感動する。


ちょっとキモくなってきたのでこのへんで。


まぁ、いずれにせよ何かものを作る業界にいたい、ということです。
これは建築家の親父の血を引いているからでしょうな。


これ持ってます
一番好きなサントラ。もちろん発売日に買いました。


今週も長くなった。