印象に残ったこと(仕事編)”の記事


印象に残っているできごと

仕事で印象に残ったこと


さて。今週のテーマは仕事で印象に残ったこと、とある。
まあいろいろあった気がする。

ミス的なところだと、某案件の社外MTGがあり、
その日は会議風景の撮影をしなければならなかったのだが、
KYは失念、肝心のカメラを忘れ、取りに戻っていたら会議に絶対に間に合わず
急遽社内の方にカメラを届けてもらったことがあった。
しかもその会社は駅から遠く住宅地のド真ん中の非常に分かりづらい場所にあったため
KYは行く途中に迷ってしまい、加えてその日は結構強い雨が降っていて、泣きそうだった。
ずぶぬれになりながら何とか終わる前に着いたのだが。
それ以来基本的に持っていかなければいかないものは基本的に前日に用意するようにしている。

良いことだと、やっぱりお客様の喜びの声を頂けた瞬間だろうか。
某案件でまあ初めてディレクターらしいディレクターとしてお客さんのと1対1で
提案段階から案件を進行させて頂いて、これといった問題もなく納品が完了、
お客様からお褒めの言葉を頂きディレクター冥利につきるなあと感じたことがあった。



まだまだ経験が浅いので、胸を張っていろいろ語れるようになりたいっす。


思ひ出の初ワーク

印象に残っている仕事といえば
一番はじめにした仕事でしょうか。

5月くらいにやった
某会社の雑誌広告。

初めて広告のラフってやつを描いて
ありがたいことに、
その案が採用になりました。

しかし
それからが大変でした。

学生の時に
バリバリDTPをやってきた訳じゃなきので
出来ないっぷりといったら(汗)

直属の先輩に
超手伝っていただき
無事完成できました。

自分がやって覚えている部分は
写真の合成。

頭と体を違う人物の写真を使ったのですが
何が自然で何が不自然なのか
わからなくなり、かなり苦労しました。

ちょっと自然とはいいがたいものができ、
合成に対して
軽いトラウマが生じましたが、
いい経験をしたと思っています。

初めての仕事だったので
自分の関わった物が世の中に出るってことが
すごく嬉しくて、
その広告の掲載誌はそっこーで買いました。

以上、一番印象深いワークのはなしでした。

☆彡☆彡☆彡

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▲千葉県のスーパー駐車場にて

初めての仕事は不甲斐ないの連続

初めてアシスタントじゃなく

デザイナーとしてキャスティングされたのは

一年前の8月のことでした。



作ったのは、某会社の2010年の新卒採用サイト。



3年目の先輩と共に、

A案・B案で先方へプレ。


コンペを勝ち取り、

自分のほうのA案に決まったときはすごくうれしかったです。



が、

そこからが大変でした。


「できない」 「わからない」 「間に合わない」の連続で、

何度も周りの人に助けていただきました。



最初の仕事は、

自分がどこにいるのかも分からないくらい

人の手が入ったものと言えるでしょう。



それから約1年、6月頃に飲食店のサイトを作りました。



もちろんまだまだではありますが、

やっと、

「『自分がつくりました』



大きな声で言えるもの」を作ることができました。



これは、かなりうれしい発展と言えるでしょう。



+ + +




▲無題(岡山・倉敷)


ダフ屋同じく

こんばんわ。
水曜ビンボです。
今週のテーマは「印象にのこったこと(仕事編)」。


ダフ屋と同じ仕事ですね。
実はダフ屋とは同じ仕事をしていて、
共に新卒からやり始めました。

印象に残っていることは
とにかく0(ゼロ)だったということ。

作業のしかた、プレの仕方、公開の仕方等、
先輩の方々も初めての案件だったので、
わからないことはとにかく自分でどうにかするしかなかったです。

そしてなんて言おうが自分は完全に0。
スキルもなければ知識もない状態だったので
どうやったら自分のミスを減らせるか、作業効率を上げれるか
なんてことをよく考えていました。

今もそれが自分の基礎となっています。
思い出深いです。

無くなるのがさびしいですね。


▼同期千葉旅行2 大仏でかい

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Mr. travellin' man

タピヨです。

もう入社してから一年半も経つんだなあ。
あまりに早すぎて、なんかあんまり仕事してない気になるけど、ひとつづつ順番に思い出してみると、結構色々やってたことに気づきます。

最初の仕事が確かいきなり4/2から舞い込んできて、バリバリのFlashサイトを作ったのに端を発し、コーポレートサイトやらキャンペーンサイトやら、はたまたアプリケーション開発やら、色々やってきたなあと思い返します。

その中からひとつ、紹介します。

とあるアーティスト集団の映画作品のサイト。この仕事は僕とデザイナーさんとディレクターさんの主に3人でやっていたのだけれど、とにかく大変だった。何が大変だったのかというと、よく覚えていないくらい忙しかった(笑)確か、なかなか素材が来なかったり、途中で仕様が変わって作り直したり色々だった。
結果的に、作った物の半分くらいしか公開できなかったんじゃなかいかなあ。

でも、とにかく密度の濃い仕事だった。というか、めちゃこだわった。
元気な可愛いサイトにしようと、とにかく、全てのパーツを連動させて動きまくらせた。
その動きも、0.1秒刻みでタイミングを調整したりして。

調子に乗って、勝手に色々隠しギミックを仕込んだりもしたし。
トップページのキャラクターにマウスを当てると、3%の確率で流れ星のジェットを吹いて飛んでいくとか(笑)
もしかしたら、一番がむしゃらに楽しんだ仕事かも知れない。とにかく最後の最後まで勢いに乗っていた気がする。

お客さん、一緒に頑張ったスタッフの皆さん、どうもありがとうございました。
これからもよろしく御願いします。

R25

社会人という身分になって1年半が経ちました。
我々08年新卒世代も、ぞれなりに仕事に対して語れることも増えたはずです。
今週は今まで関わった仕事の中で、一番印象に残っているものを回想します。
学生さんたちはこれを見て、もうちょっと具体的な仕事イメージを抱いてくれたらと思います。

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マンデーダフ屋はディレクターとして入社し、初めてディレクション業務として関わったのは、いわゆる定期更新というやつです。
毎週とある曜日に更新する、とある情報ポータルのサイトです。

定期更新なので先人達が用意したレールに乗せることで、ペーペーな新人でも何とか制作を進行することができます。
そこにオーダーメイドの余地はあまりなく、毎週同じ曜日に頂く入稿データを、デザイナーに渡し、毎週決まった時間にアップする...というルーチンワークです。

...と言うと大したことないように見えるかもしれませんが、いざ初仕事としてやってみると、それでもミスが起こったり、「どうなっとんねん」みたいなことはしょっちゅう起こります。

実際は入稿データが足りていなかったとか、テストアップの時間が守れなかったとか、スタッフが休んだとか、お客さんが休んだとか、見積もりの交渉とか...
先輩に「こういう時はどうしたらいいですか」と話を伺いながら、お客さんはどういうことを気にするのか、それを回避するための交渉術とは、メールではどういう表現を使った方がいいのか...といったことがだんだん分かってきます。
ディレクターの命綱である、「判断」力を鍛える道場みたいなものでした。
そこで制作進行というものの基礎の基礎の基礎を学ぶ、といった感じです。

とにかくメールを送る量が毎日何十通とやたら多いので、ビジネスメールを打つスピードが異様に上がりました。
院にいた頃は、教授にメール送るだけで30分くらいうんうん唸ったものですが、今や語彙も増え、学生時代から鍛えていたブラインドタッチもますます磨きを加えたことも手伝い、メールは一瞬で作ってしまいます。

去年の年末にはお客さんと忘年会をやりました。
また担当さんのお別れ会もやったりと、公私にわたって楽しいことが多かったのですが、
詳細はお伝えできませんが来月このお仕事も終わりとなります。

青春がひとつ終わった気がします。

まぁそんなこんなで一番思い出に残っているお仕事でした。