06月”の記事


初志貫徹

タイトルは自分が通っていた駿台予備校から。


今週は「受験の話」


自分が今までに受けた試験は
高校入試、大学入試、英検4~2級、TOEIC、初級システムアドミニストレータなど。
何だかんだで印象に残っているのは大学入試である。


高校時代の最初のころ、中学時代のラスト3ヶ月で猛烈な追い込みをかけた反動で、
それはもうまったく勉強に身を委ねられん男になってしまい、
試験中に座っているのが苦痛で数学の試験で最初の2問だけ解いて
寝てしまったことがある。1問だけ合っていて、そのテストは4点だった。
教科合計点が50点くらいで、学年369人中369位だった。笑えた。


しかし人間流されるもので、同じような成績だった友人が予備校に通い始めると、
自分も何かしないとやばいかな、てな気分になり同じ予備校に通い始めた。
暗記だけは十八番だったので早くから私大文系の英国社3教科に絞り込んでしまった。


予備校に通い出して、受験生としての自覚を持ち始めたKYの成績はみるみる上がっていった。
やればできる子だということを再確認した。
一時期は模試が楽しかったりした。


終盤はすっかり自分の中で確固たる勉強ペースができてしまい、
その流れに乗っていくだけという感じだった(今考えるとかなり勉強していたが)。
結果、第一志望だった大学に合格した。
電話で合格発表の音声を聞いた時うれしくてちょっと泣いた。


多分今までであのときが一番勉強した気がする。
自分の中に色んな知識や手法がたまっていくのが楽しかった。


仕事もそういうのを感じることができると楽しく感じる。
月曜からまたがんばろ。


体育か美術か。

今週は
「受験の話」

第一志望の高校に受かった後、
完全に燃え尽きて、
そこから先のこと、何も考えていませんでした。

専門とかいって美容師にでもなろうかと考えてました。

真剣に考えだしたのが二年の冬、
進路の面談の時です。

国語数学理科社会英語・・・とある中で
自分の好きな科目から考えましょうと言われ、

体育と美術から考える事に。

部活人間だったので体育はもうこりごりででした。
よって消去法で美術系に進むと決心しました。

その時期美大受験する人は
既に予備校に通ってたりで焦りました。

自分は部活引退後の夏から通い始めて
初めはまじつらかったです。

水張りとか知らないし。
烏口も使えない。(今でも)

でもビギナーズラックみたいな感じで
先入観が無い分、意外にうまくいきました。
デッサンも昔から好きだった落書きのおかげでなんとかなりました。

そして無事、美大に合格。
おかげで今の仕事に就けました。

全てはあの面談からはじまっていると思うと、なんか不思議です。

♪ ♪ ♪

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▲お気に入りの仕事道具「♪クリップ」

運も実力の内 と信じたい

Papa Mama Lucky morning !

My friends is unlucky !

Sun is shining for me !!

Handsome guys want me !!

Big money hit me !!!

I am a lucky girl !

Because I drink Lucky Cider !!

Hi !!!


LUCKY CIDER CM SONG)



英検3級

色彩検定2級

高校受験

運転免許(普通)

日本語検定2級(落)

センター試験



これまでに受けた受験たち。



受験にしろ、テストにしろ

1日十何時間とか勉強したことはありません。



いろいろなシーンで、

いろいろなものとの良縁で、

うまい事厄は回避しながら生きています。



+ + +



花やしき.JPG

▲ものは言い様(花やしき パンフレット)

今に至る

水曜ビンボです。
今日のテーマは「受験のはなし」。

ビンボはとにかく勉強ができませんでした。
だから授業中はずっとノートに落書きをしていました。
落書きという現実逃避の延長線上で、今に至るわけです。
単純ですね。

そんな理由でデザイナーを目指すと高校1年生の時に決めました。
最初は小さなアトリエに通い、デッサンの勉強などをしていましたが、
そこの先生がなぜか選挙に出ることに。
受験勉強をしにきたはずのビンボはなぜか選挙カーに乗せられ、マイクで選挙運動。
こんな日が続き、辞めました。

その後、大手の予備校に通いなんとか大学に合格。

人生で2番目に頑張った時期です。
1番はもちろん今。

高校の時にデザイナーを目指すと決め、その目標は達成できました。
頑張ればきっと何でも叶う。

と信じて今日も頑張る。


▼社内のバンド「オンドク」
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受験 ~ examinations ~

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10 遺伝的アルゴリズム


タピオです。
遺伝的アルゴリズムは、一番効率の良いやりかたを求めるアルゴリズムで、例えばアストロノーカというプレステのソフトにも使われている。今日は、そんな遺伝的アルゴリズムを使って、巡回セールスマン問題を解いたよ。巡回セールスマン問題って言うのは、たくさんの都市を一回ずつ回るとき、どういう順番で行けば一番短い距離で回れるでしょうか、という問題。僕が今作ろうとしているゲームみたいなものの頭脳部分なのです。
 

今週は学生の思い出シリーズその①「受験のはなし」だそうで。

高校受験、英検、漢検、大学受験、基本情報処理試験、合気道昇段試験、大学院試。

僕は今まであまり受験したこと無いなあ、と思っていたのですが、思い返すと結構受けててびっくり。

それぞれ思い出はあれども、一番きつかったのは合気道の初段審査。
座技、片手取、両手取、正面打、後取、胸取、突き、二刀鍛錬、荒磯、柳刀、一桃二桃と(もっとあったと思うけど)、体術から始まり剣や二刀はおろか杖術にいたるまで合気道ざんまいだったなあ。とどめは受け身300本。もちろん実際に投げられる。今思い出しても血尿が出そうだ。

今、あの審査を受ける根性はあるだろうか。うーん、どうだろう。
逆に、なぜあんなしんどい審査を受けていたのだろうかと考えると、やはり好きなことだからなのかな、と今でも思う。今でも合気道好きか?好き。じゃあ何度でも審査受けられる。よしOK。

だいたい受験なんて終わった後に「あーこれで当分受験しなくていいわ」なんて思うけど、どうせすぐに次の受験が来ちゃう。多分これからも受験試験受験試験なんだろう。

だったら受験や試験のその先にあるものを、さきに好きになっちゃえばいいんじゃね?と思っていたりするのです。好きになれば、当たり前だけど好きなことがふえるんだからラッキー。受験勉強楽しくてラッキー。好きなことだからよく身についてラッキー。みたいな。

そんな受験必勝法の話でした。
受かるだけが勝ちではないと思うんだ世の中。

10合目

マンデーダフ屋は浪人という身分を経験している。

自分は受験勉強を始めたのが高校3年の10月になってからだった。
直前の8月に人生初となる彼女というものを手に入れてしまい、すっかり浮かれていたのが主な原因である。
(その彼女はしれっと受験突破してしまったことを考えると、浮かれていたのは自分だけだったようだ)

しかも、並行してドラクエ7を100時間やるという偉業を成し遂げてしまった。
(あれだけゲームを禁止していた親父も、最後はすっかり諦めていた)

これで大学に受かってしまっては他の受験生に大変失礼である。
漫画みたいな奇跡は起きず、成り行き上当然のように受験に落ちた。
(これで受かっていれば孫の代まで語り継ぐ自慢話となっていただろうに...)


そして、好きな女の子と口もきけない奥手ぶりを存分に発揮した4畳半の京都での浪人時代を経て、何とか合格を果たすのである。
予備校では放課後の食堂で集団筋トレをしたりとけっこう滅茶苦茶なことをやっていたが、正月以外毎日勉強した(実話)甲斐があったものである。



ところで、マンデーダフ屋は院生という身分も経験している。

「やっぱ専門学校行くわ」とか、果ては「芸人になるから大学辞める」とか言う奴らに囲まれながらも院に行くとか親泣かせなことを言い出したのは、ちょうどウッドベースを買ってバンドが楽しくてしょうがないからだった。

大学4回生の8月に行われる大学院入試というやつのために、大体の人は4月とか5月から準備を始める。早い人は1月とかから始めたりする。
自分が院試用の勉強を始めたのは七夕からだった。

うちの大学の建築系の院試は結構なやっかい系として有名で、300枚くらいある資料の中から出る問題が2つとか(100点中5点分くらい)いう分野があったりする。
(さすがに全問題がそうではないが...)

俺の勉強開始が異様に遅かったのは、「全て勉強しても全く勉強しなくても殆どスコアに差が出ない」という戦略に目をつけたわけではなく、単にバンド活動が楽しすぎてそれ以外のことを全く考えていなかったからである。

ようやく周りとの温度差を感じてから重い腰がふいに上がったのだが、ここからが凄かった。
1日20時間勉強した日があったりしたように、アホみたいに勉強した。
並行して突入した人生で最大の鬱時代を死に物狂いで乗り越え、なんとか合格を果たす。


今思えば、そういう無茶苦茶な時間の使い方が、今の働き方の原点になっていると思えなくもない。



以上、今週のテーマは学生の思い出シリーズその①「受験のはなし」でした。